ジム通い再開

ここんところの忙しさで、もう長らくスポーツジムに行ってないです。
ジム等というものは習慣付けないとダメなのは最初から分かりきっているので、来週から通い始めようと思います。
最初が億劫ですが、仕方がないですね。
体を動かすのが好きでジムに行くというよりは、健康維持に特化しているというか、無理矢理行く感じです。
わたしの母親などは、エアロビ等、友達と優良出会い系サイトやる事自体が楽しくジムに通っているようですが、わたしの場合は違います。
なので、マシントレーニングのみをやって帰って来ます。
マシンを使って自転車か歩くだけでも、するのとしないのとでは全然違いますね。
毎日、セフレ募集をしないと気持ち悪いくらいくらいに習慣付けば良いのですが。
コーチに言わせると、毎日通うという事はしなくて良いとの事なんですけどね。
曰く、義務になってしまって楽しくなかったら通っている意味が無いとの事なのですが、わたしの場合は、どうやらそれ以前の問題みたいです。
来週月曜日から通う予定です。

平等

「彼に負担をかけてはいけない」
「彼より出すぎてはいけない」
そんな風に思うようになっていました。
それが「平等」という意識を生み出す根源となっていたのです。
今では男女平等が当たり前で、むしろ「平等であるべき」という風潮がありますよね。
皆さんはそんな平等意識をもって恋愛をしているのでしょうか?
私は彼に対して最初はそんな意識をもっていました。
その事で互いに「出会い」で居られる。
そんな気持ちをもっていたんです。
しかし、関係が進み・深くなるたびに「ドロー」である事が苦しくなっていったんです。
きっと私の考えは「半ば強制的」に熟女出会いにすりこんでいたのでしょう。
そして楽で居たいと考えた時
「男性と女性は違う」と思ったんです。
互いに違うからこそ、補い合えるし性差の違いから別の角度で
物事を捉える事ができる。
そう考えたら一気に気が楽になりました。
そして甘える時は甘え、「女性として」意見したい時には意見をする。
そして「男性だからこそ」「女性だからこそ」の視点で支え合えるようになりました。
平等が悪いとは思いませんが、そこにコダワリをおきすぎてしまうと、
恋愛も息苦しくなってしまうものなんですね。
恋愛に対して「こうでなければ」というものを捨てた時、また新しい関係が生まれていくのかもしれません。

映画ゴッドファーザー

ここんところ出会い系-無料・有料出会い系サイト比較-が続いています。
秋は完全に終わってしまって、初冬の雰囲気になってしまいました。
どんよりとした空は、もっとも私がニガテとするものです。
気分まで重くなってきてしまうというか、頭が重いのは気圧の関係もあるのでしょうかね。
今日はする事が一つもないので、映画を見ることにしました。
長編の漫画を読んでも良いのですが、ゴッドファーザー3部作を見ることにしましたよ。
第一部は、今見ると70年代の雰囲気が思いっきり感じられて良いカンジです。
にしても、この映画の重厚な雰囲気は凄いですね。
アメリカに出てきたばかりの頃のお話も、アーリーアメリカンな大人の逆援助交際サイトが良く伝わってきますし、日本人の目から見たら、とても良い雰囲気なのですが、アメリカ人から見たらどうなのでしょうかね。
アーリーアメリカンな雰囲気って、原風景みたいに見えるのでしょうか、フィールドオブドリームスに出てくる、トウモロコシ畑がアメリカ人の原風景だと聞いたこともあるのですが。